経営者が変えようとする。
現場がついていけないと言う。
どちらの言葉も、
正しく聞こえる。
対立が起きると、
どうしても誰かを
悪者にしたくなります。
「あの人がいるから
うまくいかない」
「経営者が現場を
わかっていない」
「社員が言うことを
聞かない」
しかし私は、
以前勤めていた職場で
こういう場面を何度も見ました。
社員も、
経営者も、
どちらも間違っていない。
それなのに、
なぜかうまくいかない。
悪者は誰もいないのに、
話がかみ合わない。
その経験が、
いまの仕事の
出発点になっています。
経営者と現場では、見えている景色が違う
経営者は、
5年先、10年先を見ています。
このままでは
会社が立ちいかなくなる。
お客様に貢献し続けるために
環境を変えなければいけない。
そういう景色の中で
判断しています。
一方、
現場は今日を見ています。
目の前のお客様に
今日も価値を届けたい。
急にやり方を変えられると
それができなくなる。
そういう景色の中で
動いています。
どちらも、
お客様への貢献を
大切にしています。
ただ、
見ている時間軸が違う。
だから、
同じ言葉が
違って聞こえるのです。
正義の反対は、悪ではない
建設業の会社で
こういうすれ違いが
起きていることがあります。
社長は、
安全や品質を守りながら
利益も残さなければいけない。
人手不足の中で
仕事の進め方を
変えていきたいと考えている。
一方で現場は、
今日の現場を止めないことに
必死です。
急にやり方を変えられると
段取りが崩れる。
お客様への対応も、
職人同士の関係も、
その日の安全も気になる。
社長から見ると、
「このままでは会社が続かない」。
現場から見ると、
「今の現場が回らなくなる」。
どちらも、
会社をよくしたいと
思っています。
ただ、
見えている面が違うのです。
こうした景色の違いが、
対立の奥にあることがあります。
ルービックキューブを
思い浮かべてみてください。
6面あるキューブは、
どの位置から見ても
3面しか見えません。
社長には
社長の位置から見えている面がある。
現場には
現場の位置から見えている面がある。
自分の見えている面だけを
そろえようとすると、
見えていない面が崩れていく。
正義の反対は、
悪ではありません。
もう一つの正義です。
これが、
対立の正体だと
私は考えています。
ここが見えると、
問いが変わります。
「あの人は、
なぜこんなことをするのか」
という問いが、
「あの人には、
どの面が見えているのか」
に変わります。
ただ、
これが難しいのは、
私たちがつい
相手も自分と同じものを
見ていると思いがちだからです。
同じ話を聞いたはずなのに、
受け取り方が違う。
同じ現場にいたのに、
感じていたことが違う。
それは、
立っている場所と
見ている方向が
違うからです。
相手の見えている面を
決めつけない。
そこが、
対話を始める前の
出発点だと思います。
守ろうとしているものを、言葉にする
だから私は、
対立はなくすものでは
ないと考えています。
それぞれの見えている面が違うのは
自然なことです。
大切なのは、
それぞれが何を守ろうとしているのかを
言葉にできることです。
そして、
双方にとって成立する状態が
どういうものかを
一緒に考えることです。
自分の正義の中にいるとき、
相手の正義は
見えにくいものです。
これは私自身にも
返ってくる話ですが。
自社に置き換えるなら、
まずはこの問いから
考えてみてもよいと思います。
いまの対立や摩擦の中で、
それぞれが
何を守ろうとしているのか。
双方にとって
うまくいっている状態とは
どういうものか。
その問いを
共有できているか。
悪者を探すだけでは、
組織はよくなっていきません。
それぞれの見えている面を
少しずつ言葉にしていくことが、
対話の始まりだと
思っています。











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