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経営者の方から
こういう声を聞くことがあります。
「案は出してくれるんですが
最後の決定は
いつも私に戻ってくるんです」
部下は考えていないわけではない。
選択肢も出している。
理由も説明している。
準備もしている。
でも
最後の一歩で止まる。
決めてよいのか。
まだ相談すべきなのか。
自分の判断で進めてよいのか。
そこが曖昧なままで
止まり続けている。
こういうとき
こう考えるのではないでしょうか。
「当事者意識が低い」
「最後まで自分でやりきってほしい」
「もっと主体的に動いてほしい」
部下の姿勢や
主体性に
原因を探し始めます。
ただ
部下を見る前に
確認したいことがあります。
「考えてほしい」と「どこまで決めていいか」は、別の話
考えた結果が行動につながらないのは
当事者意識だけの問題とは限りません。
考えることと
決めることは
別のことです。
考えた結果を行動に移すためには
「ここまでは自分で決めてよい」という
範囲が必要です。
その範囲が言葉になっていないと
部下は考えるほど
「でも動けない」に突き当たります。
毎回最後に上司が決める状態が続くと
部下が学ぶのは
「自分で考えること」ではなく
「最後は上司に戻すこと」です。
「考えても、どうせ最後は戻る」
「考えることに意味があるのか」
こうなると
考えること自体が
だんだん止まっていきます。
当事者意識が低いのではない。
考えることと動くことが
つながっていない設計が
そうさせているのかもしれません。
小さな「決めてよい範囲」から渡していく
「決めてよい範囲を渡す」というと
大きな判断を任せることに
聞こえるかもしれません。
でも
最初から大きな範囲でなくていいです。
たとえば
お客様への提案内容は自分で決めてよい。
社内の段取りは相談なしで進めてよい。
この範囲のことは報告だけでよい。
小さくても
「ここは自分で決めてよい」という範囲があると
考えることと動くことがつながります。
裁量が育てる、次の「考える力」
「決めてよい範囲を渡す」のは
仕事を楽にするためではありません。
考えたことが行動になる経験が
積み重なると
次に考えるときの質が変わります。
「どうせ確認が必要になる」ではなく
「ここまでは自分で決められる」という
感覚が育つからです。
裁量は
与えるものではなく
育てるものです。
小さな範囲から渡し
その結果を一緒に振り返ることで
次の裁量が広がっていきます。
考えて動いてほしいのに動かないのは
当事者意識の問題ではないかもしれません。
「考えてほしい」と伝えた範囲で
自分で決めてよいことが
伝わっていたか。
そこから見直すことで
考えることと動くことは
つながりやすくなります。
いま思い浮かべている場面を
一度振り返ってみてください。
「考えて動いてほしい」と伝えたとき
どこまで決めてよいかが
セットで渡されていましたか。
グロウスリーでは
「考えて動いてほしい」という期待と
現場の実態のズレを
一緒に言葉にするところから始めています。
まだ整理できていなくても
今感じている場面をそのまま
話すところから始められます。














