なぜ、評価や給与の話は気まずくなるのか

評価の面談が近づくと
なんとなく重くなる空気があります。

「評価について話したいんですが」

そう切り出すだけで
言葉が詰まる。

言いたいことはある。

でも、うまく出てこない。

この気まずさは
どこから来るのか。

私自身も
そこがずっと気になっていました。


よくある説明は
「評価は難しいから」です。

たしかに、難しい。

でも、それだけではないと
私は考えています。

気まずさの正体は
「説明できない」ことだと思います。

なぜその評価にしたのか。

なぜその給与にしたのか。

問われたとき
自分でも言語化できていない。

感覚や判断に自信があっても
根拠を言葉にできないと
どうしても言い淀む。

その言い淀みが
相手には「不透明だ」と映る。

社員から見ると、どう映るのか

ここで少し
見方を変えてみます。

社員側から見ると
この場面はどう映るでしょうか。

・何を頑張れば
 認められるのか、わからない

・なぜこの評価なのか
 聞きたいけど聞けない

・好き嫌いで
 決まっているように感じてしまう

こう感じている社員は
少なくないと思います。

悪意があるわけではありません。

基準が見えないと
そう感じてしまうのが自然です。

気まずさは、悪意ではなく基準の不在から生まれる

経営者は
曖昧にしたいわけではない。

社員は
不満をぶつけたいわけではない。

それでも毎回
なんとなくしんどくなる。

気まずさは
悪意の産物ではなく
基準の不在が生み出しているものです。

この構造は
けっこうもったいないと
私は思っています。

まずは、評価の基準を言葉にしてみる

では、どうするか。

難しい制度を一から作る
必要はありません。

まず必要なのは
「自社でどう評価するか」を
言葉にしてみることです。

・どんな行動を
 評価したいのか

・どんな状態になれば
 次のステップなのか

・給与を決めるとき
 何を見て、どう考えているのか

これを言葉にするだけで
話す側に軸が生まれます。

軸があると
伝え方が変わります。

伝え方が変わると
聞く側の受け取り方も変わります。

評価や給与の話で大切なのは
全員を同じ気持ちにすることでは
ありません。

筋が通っていると
感じられることです。

評価の基準は、社員を裁くためのものではない

評価の基準は
社員を裁くためのものではありません。

経営者が
「こう頑張ってほしい」と
思っていることを
社員に伝わる言葉にするためのものです。

何を大切にしているのか。

どんな行動を見ているのか。

どこに向かって成長してほしいのか。

そこが言葉になっていると
評価や給与の話は
少しずつ変わっていきます。

気まずさは
仕組みを整えれば
変えられます。


グロウスリーでは
評価の基準づくりや
評価面談で伝える言葉の整理を
一緒に行っています。

「何から整えればいいかも
まだわからない」
という段階でも構いません。

まずは、評価の基準を
一緒に言葉にするところから
始めてみませんか。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。