正義の反対は、もう一つの正義

組織の中で
対立が起きるとき
たいてい誰かが悪者になります。

「あの人がいるから
うまくいかない」

「経営者が現場を
わかっていない」

「社員が言うことを
聞かない」

そんなふうに
見えてしまうことがあります。

でも私は
組織の問題を見ていて
本当の悪者に出会ったことが
ほとんどありません。


経営者には、経営者の正義がある

経営者には
経営者の正義があります。

このままでは
会社が立ちいかなくなる。

変わらなければ
生き残れない。

社員にもっと
先を見てほしい。

そう思って
判断しています。

一方で
現場には現場の正義があります。

目の前のお客様を
大切にしたい。

今いる仲間と
無理なく働きたい。

急にやり方を変えられると
現場が混乱する。

そう思って
動いています。

どちらも
間違っていません。

でも
話がかみ合わない。


正義の反対は、悪ではない

問題は
どちらかが正しくて
どちらかが間違っていることでは
ありません。

それぞれが
自分の景色の中で
正しいことをしようとしている。

だから
すれ違いが起きるのです。

正義の反対は
悪ではありません。

もう一つの正義です。

ここが見えると
問いが変わります。

「あの人は
なぜこんなことをするのか」

という問いが

「あの人には
どんな景色が見えているのか」

に変わります。

責める前に
理解しようとする。

それだけで
対話の入口は
少し変わります。


対立を消すより、何を守ろうとしているのかを見る

ただし
これは簡単ではありません。

自分の正義の中にいるとき
相手の正義は
見えにくいものです。

立場が違うほど
見えている景色が違うほど
互いの言葉は
すれ違いやすくなります。

違う立場の人がいれば
見えているものが違うのは
自然なことです。

だから私は
対立はなくすものではないと
考えています。

大切なのは
対立を消すことではありません。

それぞれが
何を守ろうとしているのかを
言葉にできることです。


対話は、気合いだけでは変わらない

向き合い方は
気合いだけでは
変わりません。

お互いが
自分の見えている景色を
安心して話せる場があること。

立場の違いを
責め合いではなく
理解に変えていける時間があること。

そこから
組織の対話は
少しずつ変わっていきます。

誰かを悪者にする前に
その人が何を守ろうとしているのかを
見てみる。

そこに
すれ違いをほどく入口が
あるのかもしれません。


もし今
社内のすれ違いや対立を見て
「誰が悪いのか」と考えているなら
少しだけ問いを変えてみても
いいかもしれません。

その人は
何を守ろうとしているのか。

どんな景色を見て
その言葉を選んでいるのか。

そこを言葉にすることから
対話は始まります。

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